文:すーさんの永遠のライバル
絵:A氏
ここではない、どこかの場所。
緑豊かな大地にそびえる、大きなお城に一人のお姫様が住んでいました。
これは、お姫様とお城を支える家来たちの素敵で愉快な物語。
お日様が天高く昇り、ぽかぽかとあたりを照らす午後二時。
そろそろおやつの準備をしようとお城の侍女たちはキッチンに集まっていた。
「今日のおやつはどうしましょう?」
「お星様のクッキーはどうかしら?」
「あまあいマドレーヌも捨てがたいわよね」
フリルのエプロンとカチューシャをつけた可愛らしいメイド姿の侍女達がキッチンでお菓子の本を広げながら、楽しそうに相談している。
と、そこへ。
ドドドドドドドドッ……。
廊下から大理石の床をおもいっきり走りぬけていく足音が聞こえてくる。
「あら? またあのお方が走ってらっしゃるわ」
「あらあら、この前ご自身で『廊下を走るな』と張り紙を貼ったばかりなのにね」
「そうそう、達筆すぎてすぐには何が書いているかわからないあの張り紙ね」
侍女達が顔を見合わせてクスクスと笑いあう。
そんな侍女たちの噂話を知ってか知らずか、大理石の床を走る音は近づいてくる。音と音の間が短く、おそらく背の低い、もとい、足の短い人物が小走りしている音が……。
「姫―! 姫―! 姫様―! どちらへいかれましたかー!」
足音とともに、大きな叫び声も廊下に木霊する。
床につかないぎりぎりのラインでぴっちり止まったグレーの燕尾服、その首元の蝶ネクタイは走ったせいで少し曲がっていた。
走りすぎて疲れたのか、白髪の交じった初老の男性はその場に立ち止まり、頭を抱えて、
「ああ、まったく姫様はどこに行ってしまわれたんじゃー」
呟いた。
彼の名前はハヤシサワ、下の名前は不明。この国・『ふわふわ王国』の大臣であり、また姫の教育係でもある。
白髪の交じったグレーの髪をオールバックにし、燕尾服をぴしっと着こなすカッコイイおじ様だ。
普段は召使達を束ね、城の運営に携わる敏腕大臣だが、姫のこととなるとむきになりすぎて己を見失い失敗してしまうことも多い。
ハヤシサワは今年で57歳、姫の父……今の王様が即位する前から王族に仕えている忠実な家臣で、姫が生まれてすぐ教育係りに任命されてからは、姫を一人前の女性に育てることが生きがいになっている。
それ故、人一倍姫のことを心配し、姿が見えないとなると城中を駆け回って姫を探し始めるのだ。
「あああ、もしも姫様に万が一のことがあったとならば、このハヤシサワ死んでも死にきれません!」
よよよと嘆いて、胸元から出した真っ白なハンカチで汗をぬぐう。
そして、ため息をつきながらふと窓の外を見た次の瞬間、城の外壁をほうきに乗った少年がシューっと通り抜けて行った。
その少年の姿を見るや否やハヤシサワの顔が瞬間湯沸かし器のように真っ赤になり、頭からはピーっと湯気が噴出しそうになる。
「ああああ! あの悪ガキめ! もしや、また姫様をたぶらかしに! うぬぬぬぬ……許しません、許しませんぞー!」
ハヤシサワは顔を真っ赤にしたまま、ほうきの飛んでいった方へと走り出した。
お城の数ある窓の中でもひときわ大きく、そしてぴかぴかに磨かれた窓。そこには綺麗なレースのカーテンが二重にかけられていた。
「さてと」
窓の外で少年がぽつりと呟いた。
窓の外にベランダはなく、大きな木があるわけでもない。
少年は空飛ぶほうきにまたがり、大きな窓付近の空中に静止しているのだ。
「今日は何して遊ぶかな〜♪」
頭の後ろで手を組みながら少年は楽しそうに微笑んだ。
黒いブイネックの上に羽織った深緑のボレロや、ツンツンと立てた青い髪が吹きぬける風になびいて揺れている。
「ん? なんだ。今日は鍵かかってやんの。ま、オレには関係ないけどね」
ニッと笑うと、鍵のかかった窓に向け、まるでオーケストラの指揮でもするかのように人差し指をぴっぴと振った。
呪文も何も唱えていないというのに、指先からは金色の光が放たれ、窓の鍵がかちゃりと音をたてて開く。
「へへっ。ちょろいもんだぜ」
してやったりという顔をして、少年は窓に手をかけた。
この少年の名前はリュウ。お城お抱えの宮廷魔導師である。
12歳の時に王立魔法学校を卒業し、16歳にして王宮専属の魔導師をしている魔術の天才だが、魔法理論はからっきしで、勉強は大の苦手。
祖母が姫の乳母をしていたことから、小さい頃から城に出入りしており、ケッピ姫とは幼馴染である。
姫とは今でも仲が良く、暇さえあれば町に誘い出している為、見つかるたびにハヤシサワに怒られている。
そして、今日もまた王立魔術研究所を抜け出し、姫を誘いに来たのである。
「おーい、姫、遊びに行こーぜー」
窓から声をかけるが、返事がない。
不思議に思ったリュウはほうきを片手に部屋に飛び込んだ。
「よっと」
着地してあたりを見回すが、人の気配がまるでない。
「おっかしいなぁ、この時間にはいつもいるのに……」
青くツンツンした頭を掻きながら、リュウはコキっと首を鳴らした。
この部屋の主、ふわふわ国のケッピ姫は今年で12歳の可愛らしい女の子。学校には通っておらず、午後のこの時間はたいてい部屋で勉強しているか、おやつを食べながらリュウが遊びに連れて行ってくれるのを待っている。
しかし、今日はどこかへ出かけているのか留守だった。
「ん〜、しゃあない出直すか」
そう言って、ほうきを手に取り窓から出ようとした、その時。
ドンドンドンドンドン。
けたたましいノックの音がした。
「入りますぞっ。姫っ」
返事も待たずに、ハヤシサワがドアを開け部屋の中に入ってくる。
「はあっ、はあっ……! げふっ、ごふっ。ひ、姫様……行ってはなりませぬぞ! は…はぁはぁはぁ……」
廊下を全力疾走してきたハヤシサワはケッピ姫の部屋に入るなり、がっくりと膝をついた。
息もきれぎれに、ついでにむせたりもしながら姫を止めようと言葉を続ける。
そして、ある程度呼吸が整うと、光の速さで立ち上がりリュウの首元に手をかけた。
いや、正確には襟首をとっ掴もうとしたが背が届かず、かろうじてボレロにしがみつくことしかできなかったのだ。
「この悪ガキめが! ……まーた、勝手に部屋に入りおって……! 姫っ。こやつと一緒に行ってはなりませぬぞ!」
ハヤシサワはケッピ姫がいないことにも気づかず、リュウを怒鳴りつける。
「っていうか、いないって、姫」
ボレロをぎゅっと掴まれていても、リュウはまったく気にせず涼しい顔をしている。
「そんなことを言って、騙そうとしてもそうはいかんのじゃ!」
「本当だってば。オレが入ってきた時には、もぬけの空だったんだって」
「お前の言うことなんぞ、信じられるか。この悪ガキめ。早く姫様を出すのじゃ!」

リュウがいくら説明をしても、頭に血が上っているハヤシサワは聞く耳をもたず、なおもリュウに詰め寄っている。
「いないんだっつーの! じーさん、耳遠いんじゃね?」
「えええい、うるさいわ! 爺さんなどと呼ぶでないっ!」
ハヤシサワは怒って殴りかかるが、リュウにひょいっと避けられてしまい、拳はむなしく空を切った。
「ぬぬぬ、避けるとは卑怯なりっ!」
「……いや、避けるだろ普通……。まぁ、姫がどこいったんか知らんけど。北の山に嫌な感じの雷雲がかかってたからなぁ、風向きによっては夕方あたりから雨になるかもしんねぇぞ。もし外に行ってるなら……」
リュウは心配そうな顔で窓の外を眺めた。
一方ハヤシサワはというと、顔面蒼白になって慌てふためいている。
「なんと、か、か、雷とな! 姫様にもし落雷でもあったら、いやいや雨にぬれてお風邪でも召されたら……このハヤシサワ……」
「死んでも死にきれん、だろ? もう聞き飽きたよその台詞……」
リュウはやれやれといった感じで肩をすくめた。
「うるさい! とにかく、探すのじゃ! 草の根わけてもじゃ!」
「さすがに草の根っこにはいないだろ、姫も」
「むきーーっ! 人のあげ足をとっている暇があったらさっさと探しにいかんかっ、この悪ガキめがっ!」
「へいへい、見つけたら雨と雷に打たれないうちに、お連れいたしますよーだ」
べーっと舌を出してから、リュウはほうきにまたがり窓の外へ飛び出した。
その部屋はすべてが一定で、とてもきれいにそろえられていた。
執務用の大きな机は使い込まれた古いものだったが、机の上には常に最低限の筆記用具しかなく、部屋の中にある膨大な量の書物は本棚の中にきっちりと年代順に納まっていた。
サイドテーブルには陶磁器のティーセットが置いてあり、淹れ立ての熱い紅茶がティーカップの中で香りの良い湯気をあげていた。
ここは、『外交官執務室』
ふわふわ国の外交官、ユーサンの仕事部屋である。
ユーサンはハヤシサワとともにこの国の政治、外交を取り仕切っている執務官だ。
年はまだ20歳と若く、東洋系の見目麗しい青年であり、物腰も優雅でいつも笑顔を絶やさないため、城の侍女たちのアイドル的存在だった。
リュウとハヤシサワが姫探しにやっきになっている頃、ユーサンは温かな斜光が差し込む窓辺から、ぼんやりと外を眺めていた。
後ろで結わいた長い黒髪、そのほつれを細く白い指ですっとかき上げる。
襟の立った白い執務服は陽の光を受け、煌めいていた。
そうしてユーサンが窓の外を眺めていると、中庭で花壇の世話をしていた侍女たちが窓辺に立つユーサンに気づき、
「素敵、素敵だわ、ユーサン様! あの透けるような美しい瞳で一体何をご覧になっているのかしら……」
「きっと、この国の将来を憂いていらっしゃるのよ……。ああ、賢さは罪ね!」
侍女たちが目にハート浮かべてうっとりと窓を見上げていた。
ふたりの視線に気がついたユーサンは中庭に向けて軽く手を振った。
「きゃ〜〜っ。手を振ってくださったわ」
「いや〜〜ん。もうっ、たまんないっ」
手を振られたふたりは嬉しさのあまり卒倒しそうになっていた。
そんな侍女たちの横をリュウがさぁ〜〜っと通り抜けて行く。
城下まで姫を探しに行こうと、城門へ向かっているのだ。
「……そっちじゃ、ないのに、ねえ……」

黒く切れ長の目を細め、口元には冷やかすかのような微笑を浮べる。
ユーサンは姫の居場所に心当たりはあったものの、それを伝えるつもりはさらさらなく、リュウが走り去るのをただ眺めていた。
そして、ユーサンはそっと視線を空へと上げ、
「……僕の出る幕、なし」
そう言ってにっこりと微笑み、湯気の立つ紅茶に口をつけるのだった。
城下町は今日もざわざわと賑わっていた。
とりわけ、レストランや花屋が立ち並ぶ商店街は活気に満ちている。
そんな商店街でも特に目を引くのが、口の長いティーカップ型の喫茶店だ。
その喫茶店のドアをガチャリと開けて、リュウが店の中に入って行くと、ドアに付けられた鈴がちりりんと澄んだ音を響かせた。
「いらっしゃいま……なんさねリュウかいな」
鈴の音に気づいて、カウンターの奥にいた白髪のおばあちゃんがリュウに目を向けた。
おばあちゃんの名前はミネルヴァ・クリステーヌ。
この喫茶店の看板おばあちゃんであり、リュウの祖母でもある。
昔は城でケッピ姫の乳母をしていたが、退職後に城下町で喫茶店『ティーポットカフェ』を開業し、今でもオーナーとしてバリバリ働いているのだ。
白髪の混じった髪を頭のてっぺんでお団子ヘアーにし、小さくてまん丸のメガネを鼻の上にちょこんとかけている。かわいらしいワンピースに身を包み、その上からいつも真っ白なエプロンをつけている。
姐御肌で面倒見の良いこのおばあちゃんは、町のみんなの良き相談相手であり、お茶とケーキの味も絶品とあって、お店が開店してからというもの、癒しスポットとして町の人達に愛されている。
「あれ? てっきりここに来てると思ったんだけどなぁ」
リュウが店の中を見回すが、ケッピ姫の姿は見当たらなかった。
「あのさぁ、ばあちゃん。姫来なかった?」
「いやあ。来ておらんさねぇ……」
ミネ婆ちゃんが、カップに香りのいい紅茶を注ぎながら、ゆったりとした口調で答える。
「第一、 姫様おひとりじゃ、城からそう簡単に出て来られるはずないじゃろ」
「いや、わかんねーぞ。あいつ意外とちゃっかりしてるからな、城の抜け道のひとつやふたつ知ってるかもしんねー」
リュウが口元に手を当てて考え込んだ。
そう言うリュウ自身も城から城下町への抜け道を知っており、以前に一度その道を使って姫を町へ連れ出したことがある。
もし、その時のことを姫が覚えていたら、ひとりで勝手に城を抜け出すことだってできるかもしれない。
(もし姫になんかあったら……ぜってぇ俺じーさんに殺されんな……)
リュウは脳裏にハヤシサワの顔を思い浮かべて、眉間に皺を寄せた。
「……ほれ、今日のお茶はのびのび国原産のユッタリンティーじゃ、これ飲んで少しは落ち着け」
ミネ婆ちゃんがリュウの前に淹れ立ての紅茶を差し出した。
リュウは婆ちゃんが淹れてくれたお茶をぐいっと一気に飲み干して、
「サンキューばあちゃん、うまかったぜ。んじゃ、また来るわっ」
言うなり、喫茶店から飛び出した。
「まったく、せわしない子じゃの」
ミネ婆ちゃんはやれやれと肩をすくませて、空になったカップを片付けた。
リュウが外に出ると、空を覆った分厚い雲からぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。
「やべ、降って来やがった! ……とりあえず城の抜け道から探してみっか」
リュウはポケットに手を突っ込んで、小さなほうきを取り出すとそれに魔法をかけて大きくした。
そして、すぐさま魔法のほうきにまたがり城へ向かって飛んでいった。
リュウが城へ向かって飛んでいる頃、ハヤシサワもケッピ姫を探して城内を走り回っていた。
「ぬぬぅ、ここにもおられませぬかっ」
中庭、バルコニー、食堂、と見てまわったが、姫はどこにも見当たらない。
そうして、ハヤシサワが廊下を走っていると、
「全員整列! 素振りー、はじめ!」
「えいっ、ええいっ」
兵士達の元気の良い声が聞こえてきた。
城の裏手には剣の練習場があり、兵士達は毎日ここで腕を磨いているのだ。
「あそこにおられるやもしれぬな……」
呟くとハヤシサワは再び駆け出した。
「素振りやめー! 5分後に模擬戦を始める」
号令を聞くなり兵士達はピタっと素振りを止める。
そこへ、ハヤシサワが息を切らせてやってきた。
「はぁ、はぁ……お、おい。お前たち、姫……姫様を見かけなかったか?」
「いえ、本日はお会いしておりません」
先程まで振っていた剣を腰に収め、兵士が背筋を伸ばして報告をする。
「そうか。ここにもおらんか……ううむ。では、大佐は? パンパン大佐は何処に?」
「はっ! 大佐でごさいますか! 大佐は奥の庭で訓練中でございます!」
兵士がびしっと敬礼をしながら答える。
「庭か……裏庭じゃな?」
「はい。間違いございません」
「わかった。お前たちも訓練が終わったら姫様を探すのじゃ……!」
「はっ! 承知致しました!」
隊長クラスの兵士が答えると、他の兵士が一斉に足を揃えハヤシサワに敬礼する。
ハヤシサワはそれを見て身を翻し、また走り始めた。
高かった日は沈みかけ、灰色の雲が厚みを増した。
風も冷たくなり今にも雨が降り出しそうな空の下、小さなお姫様が大きな木の幹に頭を預けて、すやすやと寝息を立てている。

ここは裏庭、普段はめったに人が来ない城内の隠れスポットである。
昼過ぎに虫取り網を握り締めて蝶を追いかけていたケッピ姫は、いつの間にやら疲れてここでお昼寝してしまったのだ。
ふんわりとしたピンク色のスカートから質の良いレース編みのペチコートが何枚か見えている。肩まで伸びたつやつやの金髪は毛先がくるんとカールしており、その頭上に小さな冠をちょこんとのせていた。
「まってよ〜……。むにゃむにゃ……」
王冠の先っちょに捕まえ損ねた白や黄色の蝶がそっと止まって、羽を休めていた。
今年12歳になるこのお姫様は、おてんばでいつも元気いっぱい、暇さえあればこうして城の周辺を探検したり、時にはリュウと一緒に城下町へ出かけて行って遊んだりもしている。
好奇心旺盛で、世話好き、困った人を見ると放っておけない性格で城下町に出るたびに誰かの悩みを聞いている。
そのケッピ姫の肩をトンっと誰かがつつき、止まっていた蝶がひらひらと飛んでいく。
「ん?」
ケッピ姫がパチっと目を開いて、自分の肩に置かれた手を見る。
「あれ? パンパン大佐。どうしたの? ……あや、私寝ちゃってた?」
ケッピ姫を起こしたのはパンパン大佐だった。
パンパン大佐はこの国を守る兵士達の中でも最強と謳われるパンパン隊の隊長であり、階級は大佐。見た目は二足歩行する巨大なパンダであり、その胸元には幾多の勲章が光り輝いている。毛並みはとても柔らかく常にしっとりとしている。通常の動きはとてもゆったりしており口数も極端に少ない。しかし、大きくてつぶらな瞳には不思議な魅力があり、この瞳に見つめられるだけで逃げ出してしまう敵も多い。
パンパン大佐は問いかけに答えることなく、じっとケッピ姫を見つめていた。けれど、ケッピ姫はそれを気にも留めずに会話を続ける。
「あーあ、夕方になっちゃったあ……。もう少しでちょうちょ捕まえられそうだったのになぁ。ねぇパンパン大佐、いつからここにいたの?」
ケッピ姫が問いかけると、パンパン大佐はゆっくりと大きな瞳を瞬いた。
「え、そうなの? そんなに前から?!」
パンパン大佐が何も言わずともケッピ姫には大佐の言いたいことが伝わっていた。
「そうかあ、じゃあ、私たくさん寝ていたんだね。遊ぶ時間なくなっちゃったかな?」
そう言って、木陰から顔を出したとたん。
ぽつん……。
ぽつん。
雨が降ってきた。
すると、パンパン大佐がずいっと、大きな葉っぱをケッピ姫の前に差し出した。
「わあ、この葉っぱ、傘になるね! 持ってきてくれたの?」
ケッピ姫の問いかけにパンパン大佐がまたも、まばたきひとつで答える。
「どうもありがとう。パンパン大佐!」
ケッピ姫がにっこり笑ってパンパン大佐の腕に飛びついた。
すると、パンパン大佐の頬がゆっくりと薄紅色に染まり……きらないうちに、背後からドドドドドドッとすごい数の足音が聞こえてきた。
「大佐―! パンパン大佐―!」
「姫―! ケッピ姫様―!」
ハヤシサワと兵士達が一団となってこちらへ走って来たのだ。
「姫―! 探しましたぞ〜〜っ! よくぞ……よくぞご無事で……」
ハヤシサワは涙目になりながら、ケッピ姫に駆け寄る。
「ハヤシー。心配してくれたんだ。ありがとう。大丈夫だよ。ほら、傘もあるし。パンパン大佐が持ってきてくれたんだよ」
ケッピ姫がにっこりと微笑んで大きな葉っぱをハヤシサワに見せた。
「そうでございましたか、さすがですな。パンパン大佐。お礼申し上げる」
ハヤシサワが深々と頭を下げた。その直後、
「大佐〜! パンパン大佐〜!」
パンパン大佐の前にざっと剣士一同が集まり、一礼する。
集まった兵士たちに目を向け、パンパン大佐がゆっくりと瞬く。すると、
「は! ただいまご用意いたします!」
何人かの兵士がパンパン大佐を持ち上げ、木の椅子に座らせた。
そしてそれをまた何人かの兵士たちが担ぎあげる。
「大佐が戻るとおおせだ、皆の者……運べー!」
『おー!』
そうしてパンパン大佐は無言のまま城の中に撤収して行った。
ケッピ姫もハヤシサワに連れられて、城へ戻って行く。
そんな姫の姿をユーサンが2階の窓から眺めていた。
一方その頃、リュウはというと……。
「姫〜っ! ケッピ姫〜。お〜い、どこいったんだよ〜」
雨の中、傘もささずにケッピ姫を探し続けていた。
ケッピ姫が見つかった、とリュウが知るのはそれから30分後のことだった。
こうして城に戻ったケッピ姫は、ハヤシサワにテーブルマナーを指導されつつ夕食をすまし、その後ユーサンから与えられた宿題を片付けて、9時にはベッドに入り眠りにつく。
こんな毎日がこのふわふわ王国ふわふわ城の日常だった。
そして明日からはこの日常がもっと騒がしく、色鮮やかになっていく。
時刻は夜9時。
ケッピ姫が自室のベッドですやすやと寝息を立てている頃、ハヤシサワは隣の部屋のバルコニーから満天の星空を眺めていた。
雨上がりの空はとても澄んでいて、溢れんばかりの星がきらきらと夜空を飾っている。
「王様、王妃様、今日もハヤシサワは姫様を危ない目にあわせてしまいました。しかしっ、このハヤシサワお二人の戻るその日まで、必ず姫様を守って見せますぞ……」
星空に王と王妃の姿を想い描いて、ハヤシサワはぐっと拳を握り締める。
そこへ、仕事を終えたユーサンがやって来た。
「ハヤシサワ殿が思っているよりずっと姫様はお強いですよ。もうすぐ12歳になられますし、しっかりとした姫君にご成長なさっています」
「おお、ユーサン殿。そなたも知っているか、本日姫様が……」
「ええ、見ておりました」
「見てた!? どこからじゃ?」
ハヤシサワがびっくりして目を見開く。しかし、ユーサンはまったく動じず穏やかな口調で、
「二階の執務室です」
「なぬぅ!? 何故追いかけてくださらなかったのじゃ」
ハヤシサワが眉間に皺を寄せて文句を言った。
「そういった仕事は、僕のお給料外ですから」
ユーサンがにっこり笑ってそう言うと、ハヤシサワはアゴが抜けそうなくらいあんぐりと口を開いた。
と、そこへ、
「よ、おつかれちゃーん」
ほうきにまたがったリュウが空からやってきて、ぴょんっとバルコニーに降り立った。
「おつかれちゃんではないっ! お疲れ様でしたと言わんかっ! まったく言葉遣いがなっとらん。それに、ここに来るときはきちんとドアから入れと言っとるじゃろう、毎度、毎度、空から直接やってきおってっ」
「まぁまぁ、気にすんなよじーさん」
リュウが手をぱたぱたと振りながら笑顔で答える。
そんなリュウの態度に激怒したハヤシサワの額にぴき〜っと青筋が浮かんだ。
「お前が気にしなさすぎるんじゃ〜〜〜〜っ」
ハヤシサワは腕をぐるんぐるんまわしてリュウに殴りかかった。しかし、リュウが腕を伸ばしてハヤシサワの額を押さえつけたので、振り回した拳はリュウには届くことなく虚しく宙を切っていた。
「まぁ、何にせよ。姫が無事でよかったよな」
リュウが姫の名を口にした途端、ハヤシサワの動きがピタっと止まる。
「ああ、そうじゃ、姫様じゃ。本日は何事もなかったが、いつなんどき姫様が危険にさらされてしまうか……ああっ、考えただけでも胸が締め付けられるようじゃ……。だいたいお前が何度も何度もなんどーーーも姫様を連れ出すからいかんのじゃ!」
「んなこと言われてもさぁ、姫が遊びに行きたいっつってんだから、仕方ねぇじゃん。だいたいあんな遊び盛りを城に閉じ込めとこうっつーのが間違いなんだよ」
「そこをあえてお止めするのが臣下の努めではないかっ!」
「はいはい、わーった。わーったよ爺さん。んじゃお休み〜」
これ以上何を言っても小言が返ってくるだけ、と察したリュウはさっとほうきにまたがって飛んでいってしまった。
「こりゃ〜〜っ、下りてこんか馬鹿者が〜〜っ」
ハヤシサワが顔を真っ赤にして怒るが、リュウの姿はもうどこにもない。
「まったく、あの悪ガキめ! 今回はパンパン大佐がいてくれたからよかったものの、そうでなければ姫は……。しかし、パンパン大佐は何故あのような場所に……」
ハヤシサワは首をかしげ、ちらりとユーサンに視線を送った。
「……僕は別になにも」
そう言うと、ユーサンは懐中時計を開いて、
「ああ、もうこんな時間ですね。では、僕もこれで失礼します」
会釈してユーサンはハヤシサワに背を向けた。
「まだ話は終わっていませんぞ! パンパン大佐はどうやって……って、ユーサン殿、一体どこへ行くつもりなのじゃ!」
「今宵の夜会にご招待いただきましたので、行ってまいります。ではハヤシサワ殿、おやすみなさいませ」
振り向いてそう告げ、ユーサンはその場を立ち去った。
バルコニーに残るのはハヤシサワただひとり。
「王様、王妃様! どうぞ、どうぞ、無事の御帰りを!!!」
ハヤシサワが空に向かって叫ぶと、満天の星空から流れ星がひとつこぼれ落ちた。
みんななかよし プロローグ おわり